10月13日(月) 運動会いまむかし。
晴れ。
運動会のシーズンである。
こちら(私が住んでる地域)では運動会といえば、一種の大イベントである。
小学校などは9月の連休最中に行い、校庭にはパラソルやキャンピングテーブルの花が咲き、
子どもたちのお父さんなどは、ビデオカメラの撮影もさることながら、カメラ片手にビールを飲み、(今は飲酒は禁止になったところも多いのだが。笑)
おばあちゃんや、おじいちゃんもみかんのまだ青いのんや、硬い栗の蒸したのんを持って現れたりする。
とにかく、子ども一人に対して、2人以上の親や親族や、はたまた親の友人などが集まってくる、ほんとうに、大きな大きなイベントなのである。
私も2人の子どもの親となり、こういう運動会の経験を10回積み、今となってはこれがフツーの感覚になってしまったが、
最初の頃は、ビックリ戸惑い、ココロの片隅には嫌悪感さえも抱いたものである。
自分が小学生の頃だった、3△年前を振り返ってみる。
運動会というと、金木犀の香る頃、毎日のように体育の授業があって、その体育の授業は毎回運動会の練習だった。
なにしろ、運動が苦手なので、短距離は苦手。器械体操も苦手、創作ダンスも苦手。
唯一の楽しみといえば、毎年運動会のために結成されるにわか鼓笛隊の鍵盤奏者(ここではアコーディオンになる。)に抜擢されることだけだった。
徒競走やダンスの練習よりも、放課後は校歌の演奏を練習することの方が、ずっとずっと楽しかったのである。私にとっては、そんな運動会だった。
その頃の市内の小学校は、運動会行事を土曜や日曜ではなく平日に行い、ちゃんと給食があり、お昼になると、校庭に出した椅子を、また各自で持って教室に入り、親とは離れて給食を食べるというもの。
土曜日や日曜日にお仕事をしているおうちもあるし、必ずしも両親が揃っていないおうちもある。
忙しくて、朝お弁当を作れないおうちもある。
そんなそれぞれの児童の家庭環境を学校側が考慮した上でのものだった。
だから、にわか鼓笛隊で張り切っている私も、来るのはいつもおかあちゃんだけだし、それもいつ来ているのかもわからない。
子ども心にチョットやる気もうせるかな?そんな運動会でもあった。
ちなみに小学校の校庭はとても狭く、100メートルトラックがやっとひけるくらいの、広さ。
そんな運動会を、おかあちゃんはしきりに「しょうむななったなぁ~。(つまらなくなったなぁ)」と嘆き、自分の子どもの頃(昭和20年代)はいかに楽しい運動会であったか・・。を毎年語ったのである。
私が子どもの頃の大半を過ごしたこの小学校区には、いまやスタバ(スターバックス・コーヒー)までできてしまった。
京の都の匂いが薄くなる場所に位置し、しかし、街中。
楽しいスリリングな思い出がいっぱいあり。これはまた少しずつ話したくなる。
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