裸電球と祗園コンチキチン-1987
京都では祇園祭が始まり、京都が大好きな人たちや、主催する方々はこの季節、それぞれに湧いていることだろう。
けれど私は、もうそれほど祇園祭というものに感じなくなってきた。「あ、そうだね。もうそんなシーズンだねぇ。」 と、いうくらいである。
私の故郷は相変わらず京都であることには変わりないし、祇園祭には数々の人たちと、それぞれの思い出があるのだが、何百年も続く宵山や巡行は、私が生きているかぎり逃げはしない。
自分の晩年はもう一度京都で暮らすことになるのか、はたまた、日本を離れることになるのかもしれないけれど(そういう人生もアリかな。って思っているので。)きっと、浴衣をきて扇子を持ち、あの蒸し暑い風が吹く、決して高くないビルの谷間の四条河原町と、河原町御池で辻回しを見ている自分がいる。そんなふうに思うのだ。
京都人は祇園祭の宵山は毎年行くが、鉾の巡行は見たことがない。
これは、「ご当地踏み絵(京都人版)」にも出てくるチェックリストのひとつであるけれど、私は運よく、4年続けて巡行を見ていた。
結婚以前の私が働いていたオフィスは、三条河原町のビルにあり、17日の巡行日は、毎年窓際に配置された「デセデ」のスネークソファの上から、女性スタッフ全員がお尻を突き出し、ぎりぎりで見える河原町御池の「辻回し」まで、見物できたのである。この日限りは、四条通、河原町通りに面するビルの上階はゆいいつ特等席になるのだった。
けれど、仕事中に巡行の見物とは、いかがなものか・・。それはオフィスの形態にもよるものかもしれないけれど、音楽関係者しか来ないそのオフィスには、巡行の時間に訪れる人など一人もいないのだ。上司ももちろん黙認していたし、年に一度の「祇園祭のハイライトだから。」と、のんびりしたムードも漂っていた。当時ビルでは来るお客様に、先着で「ちまき」も差し上げていた。
山鉾巡行をを観に行かれるのなら、やはり四条河原町と河原町御池の「辻回し(方向転換)」の位置がおすすめである。「青竹を敷き、水をかけ滑らして向きを90度変える。」これは一瞬にして、あの大きな鉾や山が「クリッ」と向きを変えるのだ。これは見ていてほんとうに面白かった。
大きな「長刀鉾」や「函谷鉾」・・「あっ。好きな蟷螂山が来たら教えてくださいね!」(※かまきり山とも呼び、1981年に109年ぶりに復活した。)
そう先輩に言っては、その合間に仕事をするのである。子どものように一番喜んで見ていたのは私だったし、先輩や上司たちはそれをわかっていて、その都度声をかけてくれた。
今ならこんな余裕はあるだろうか。
余裕といえばもうひとつ、オフィスでは毎月第二土曜日に、無料のピアノコンサートを開催していた。地元音大を出たばかりの新進のピアニストたちに、無償で場所とピアノを提供し、音楽に触れたい人々には、無料で招待した。
プログラムも奏者の自由。中にはアーテイストのこだわりから、マイナーな曲を選曲するピアニストもいたけれど、やっぱり彼らの曲は眠くなる。コンサートのセッティングのあとは、スクリャービンやラフマニノフで居眠り。それも私の仕事のひとつだった。
会社の自慢の顔でもあったそのオフィスは、バブルがはじけ、その数年後でテナントから撤退したと聞く。
短い間だったけど、決して実ることはなかったけれど、好きな畑で仕事ができて私は幸せだった。生涯、絵と音楽の世界以外では仕事をしたくない。と、心に決めていたけれど、いまではそうもいかない。
その頃、その無料のコンサートに、いつも家族でやってくるお客様がいて、徒歩で来られるそのお客様は、確か六角だったか蛸薬師だったか・・。町屋で職人さんのお父さんと、奥様。音大志望の女の子と、やんちゃな男の子。私が会社に入った年、女の子はまだ小学5年生だった。
私が最後に、憶えているのは、その町屋にグランドピアノを搬入したことだ。いちばん小さなグランドピアノを、町屋の2階から入れた。ギリギリの広さと、窓辺の天井はもう頭がつくほどの低さだった。それでもグランドピアノを。どうしても音楽をと、家族は願っていた。
あの女の子はその後どうしているのだろう。歳はきっと35、6歳になっているだろう。自分の子どもにピアノを教えているかもしれない。
私に懐いていた女の子も、私が会社を退職する頃には、思春期になっていて、コンサートに来ることも少なくなっていた。顔を合わすことも減ってしまった。
お父さんは、私が退職する年、宵山の夜にお家に招待してくれた。町屋の一階は、裸電球がまだ燈っていて、仕事が終わったお父さんは、すでにお酒が入っていた。奥様も「じゃあ、私もビール。」といって、仕事場の一角で私たちは飲んだ。
裸電球。 ピアノ。 コンチキチン。 である。
お父さんは宵山にはいかないと言っていた。子どもたちはお小遣いを握りしめて、人ごみのする四条通りの屋台へ駈けだしていった。


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